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床、ワックス掛け |
床のワックスが古びれてきたので掛けなおすことにした。毎年、11月に ワックス掛けをして正月の準備の一つとしている。不動産ビルの清掃 をお願いしている富士美装さんに依頼した。ワゴン車に乗って10時頃 見えて早速作業にとりかかってもらった。一番広いリビング、汚れをとって家具を移動、電動ブラシで清掃したあとワックスを塗布、プロの仕事だと、家内は言っていた。次に台所、一番使うところなので汚れもひどいが入念に作業をしていただいた。ピカピカになった。廊下も結構広いのでかなりの時間が掛かった。洗面所、寝室、パソコンを置いている 部屋ときれいになった。ワックスが乾くまで一時間くらいは使えないのでたたみの部屋で過ごした。 床全体がひかり綺麗になった。富士美装、安野さんにお礼を申し上げた。これで毎日が気持ちよく過ごせる。やる気が湧いてくる。一日の仕事の疲れを癒してくれる、ありがたい。今日もガンバロー。
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月川 |
城南区、六歩松のもつ料理店『月川』に長尾小学校のクラスメイト5人が午後6時に集まった、女性は津留碕、新原、船越、男性は小林、と私で 一年に一度の美味しい月川独特のもつ料理を味わった、単一メニューの もつ鍋、実にうまい。この店にはこの一品しかないのも特徴だ、日本酒と合うので注文した。にら、キャベツ、にんにく、もつにもつ独特のスープを入れて鍋にしたものだがこしょうを加えて火にかけるだけ、真似出来そうだが出来ない。今度の同窓会の会場の打ち合わせが恒例になっているが前もって会場候補を持ち寄ることとしているが、誰も用意していない、私が二箇所提案した。一つは糸島の、喜八壮と博多区のサンパレスいろいろ意見が錯綜したがサンパレスにしようということで収まった。期日は来年2月21日〔火〕午前11時半集合、会費8,000円で決まり。 会場は何時も新しいところを探してきた。サンパレスは民間に経営を委託してからよくなっている。10日の宴席に舞踊を余興として出演したとき、設備がよくなっていたので候補に考えていた。早速予約することにした。
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大きな山を見るより足元の小さな小石を見る |
これは7連覇の大偉業を達成した横綱、朝青龍の優勝インタビューで発した言葉である。まだ25歳の若者横綱が堂々たることばを発している。 心が成長したものである。この大きな山とは、マスコミや観客のいろいろな騒音のことだと思う。連日、新聞に連覇達成の予想の報道に自分が踊らされていては、ダメ・この様なおおきなうねりを山と表現したのだろうと思う。この山を意識するのではなく、足元の自分を見つめて、一個一個の小石を確実に自分のものにすることを心がけたということだ。 優勝が決まっての最終戦でのあの気力あふれた相撲には感心した。 まるで優勝決定戦を思わせるフアイトだ、すばらしい闘いだった。相手の千代大海も持てる力を出し切っての挑戦だったが横綱の力に及ばなかった。この白星も足元の小石の一個として認識し周囲の山を見なかったのだろう。私も周囲ことを意識しすぎることなく、足元の自分をしっかり見て仕事に取り組もうと思い直した。
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七五三 |
次女、礼子の長男・文登が3歳、七五三の祝いをすることになった。茶目っ気で暴れまわる気質から父親の文範さんが散髪に連れて行ったら、動き回ってなかなか鋏が入れられず、人の二倍もの時間がかかり、床屋さんからこの次はもう勘弁してくださいと言われる始末だった。今度はおばあちゃん『家内』も加わって記念写真とりに写真館に行ったら又も飛んで廻っててこずらせる、写真館のひとから、ちょっとの間、我慢したらチョコケーキをあげると言って下さり、ワンカットパチリでやっと カメラに収まった。家内が朝、早起きして赤飯を炊いたり尾頭付きの鯛 の料理で礼子一家4人と一緒に6人で我が家の食卓を囲んだ。文登を中心の賑やかな会話のなか、美味しい料理に舌づつみ、たのしい時間が続いた。幸せを感じこころなごむひとときだ。これが明日の活力になる筈で うまいビールで喉を潤した。明日もガンバロウ。
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なんじやそれは |
NHK連続テレビ小説かぜのハルカを見ている。忙しいので時々見過ごすので、DVDをこの小説用にセットしていて自動的にデイスクが録画してくれるので助かる。大阪の夫婦が突然、夫のみ九州・大分の湯布院の辺鄙なところへレストランを夢の実現として開くが、妻は二人の女児を夫に託し大阪で仕事をつづける。女児が由布院で10年育ち主人公の長女ハルカは大阪で就職、次女のアスカは東京で小説家の道をすすむ、あらすじて進行中、その中で気に入らない会話の中で『なんじゃそれは』のトークが出てくる。そのタイミングといい間合いが実にいい雰囲気をかもし出している。演技がその人物になりきっている、とても見ごたえがある。テレビ小説で、電波を介しての聴取者への訴えが見事で、すばらしい。なんじゃそれは‥の時の録画を何回も見る。舞踊の道と合い通じるところだ。見てくださる方々に感動をもたらすことが踊りの究極だと師匠から厳しい指導を受ける。そのための練習に励むのだ。電波を通して感動を伝えることの芸道は同じこころだろう。真摯な眼差しで今日も『風のハルカ』を見ている。
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踊り公演 |
24日は糟屋郡新宮町社会福祉協議会主催、老人食事会が同町社会福祉センターで開催され、我が柳紫会が福祉公演で舞踊を披露した。今年でもう13年になる。師匠、花柳三恵紫の申し出で始まった公演だが、すっかり皆さんに馴染になっている。今日も人生の先輩、約90名の方々が昼の食事のあと座卓のに列をなして舞台を見つめている。私がトップバッター〔武田節〕白の着物に縦縞の袴で、金色をあしらった扇子もって元気よく舞った、7人が続いて舞った。最後はきよしのズンドコでお年よりも一緒に聡踊りとなり盛り上がった。老人ホームなどでの閉じこもった日々を余儀なくされているお年寄りの皆さんはこの踊りを毎年楽しみにしてくださっているとのことで、師匠の心配りに敬意を表したい。いつもながら勇壮な曲、悲しい曲、面白い曲、をうまく組み合わせ、見る人が飽きない工夫をしたプログラムに感心する。楽屋で食事の提供があり、心づくしの手料理に舌鼓、踊りの話題で賑やかな会食で楽しかった。帰りの快速バスは心地よかった。
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篠栗 四国巡礼 |
第三回の29同期会、今回は四国・篠栗巡礼の旅、9時45分篠栗駅集合だったので少し早めに家を車で出た。二又瀬通り210号線バイパスを走り9時102に着いた。7人の参加者、世話役の田上正治しが案内役で、溝上・古賀 氏の小型車に分譲出発した。案内図・般若経のコピー・杖を田上氏が準備してくれていた。マイカーでの参拝順路コース、全長50キロを選び 駅の裏手の33番本明院が一番目、小さなお堂だが綺麗な仏像にてをあわせた。初めての経験、一円玉を献上鈴を鳴らして参拝。ついで21番・37番と狭い道をまがりくねってすすんだ。86番〔順路8番目〕は長い88段の 石段を登っての参拝、世話役の田上氏が無理しなくても下から参拝でいいとの声だったが全員登院した。16番〔順路16番目〕の呑山観音の参拝後、茶店で昼食、うどんと稲荷ずしで空腹解消、70番〔巡礼18番目〕で五塔の滝で小休止、五段の滝を鑑賞する。鳴淵ダムを見ながら下降、40番〔順路23番目〕一の滝寺での見事な紅葉の前で記念写真、こころが現れた巡礼のたび、森の鼓動か聞こえる遍路の巡礼、目標の44には届かず28で時間終了皆で般若経を上げて目出度く解散、味わい深い巡礼のたび何時か又参拝しようと思って岐路についた。
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ご意見箱 |
長丘公民館一階のコーナーにご意見箱が置いてある。自治会長OB、O氏が 自治連合会議で提案され、現自治会長T氏が熱心に提唱された経緯がある。賛否両論、電話が重用される時代なので書面で投書する人は少ないから不要の意見が多かったが、T氏の強引な主張で設置が決まりT氏が自ら箱を買ってきて置いてある。しかも一万円もする立派なものだ。会議のとき管理責任者を買って出たT氏はたくさんの投書を期待したようであるが半年たっても一通の投書もない。T氏の憤懣はPRの方法が悪いと言い出した。住民の貴重な意見を汲み上げて町づくりを推進するという理念がどこかに行ってしまって、面子のみが一人歩きしている。人の意見をよく聴いて、素直に受け入れる度量が必要だ。Tが持ってきたPR文はわづか3行でお決まり文言であり到底、効果を期待できるものではなかった。 いい教材になった。
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試算表 |
長丘自治協議会の帳簿の記帳を始めた。亡くなった桑山さんは几帳面に整理してあり分かりやすい。8月1日からの伝票と証憑書類を整理することからはじめた。事務員が伝票だけは作っていたので助かる。よく考えて帳簿方式を変更することにした。伝票と領収書分けて仕分けすることにした。伝票の本来の使用方法に切り替える。領収書には番号をつけて 順番にスクラップブックに貼付する。その番号を伝票にも表示して検索しやすいようにした。すべての取引が綴じこんだ伝票で分かるようになった。桑山さんは伝票と証憑書類を一件ごとに一枚のフアイルに綴じ込んであり一件ごとの動きはとても分かりやすいが全体の動向は掴みにくい。10月21日分まで記帳を済ませて試算表を作成した。初めての試みだ。資金の残高から、経費の支出、予算残高が一票に表示できて全体の模様が分かる。次の役員会にこの試算表を〔11月21日分まで〕提出して 資金面からの行事進行に役立てることにしよう。
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墓参り |
昨日、11月20は実母、関アサの59回命日だ、兄から電話で知らされて一昨日綺麗に墓掃除をした。家から1分の近さ、こんもりした小さな森の中に、関家累代の墓と親族の墓2基と、自分の墓1基が並んでいる。3年前に 敷地に砂を施してぬかるみを治した。掃除もしやすいし落ち葉を5箇所に掃き集めて、それを篩いにかけて砂を落とし葉っぱを捨てる。こうしておけば砂の散逸が防げる。兄夫婦と、妹・山本桂子、4人で灯火と線香を 上げた。思い出ばなしを語り合った、戦後の混乱時に無理をしてからだを壊し39歳で、この世を去った。乳飲み子と7人の子供を残して、さぞや 無念だっただろう。墓石をなでながら皆りっぱに生きているよと声をかけた。私も74歳、母よりも35年も長く生きている。先日の専光寺の説法を思い出した、皆さんのお陰で生かされている、阿弥陀様の慈悲をいただき、こうして墓参りで先祖に感謝している。世のために精一杯尽くして、生かされているご恩をお返ししたい。墓標の下に眠っている母に誓った。長年過ぎても、母は母だ。
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自治協 |
自治協の会計を引き受けることになった。今でも手一杯なのに大変困るのだが、会長と村田予算委員長の強い要請で致しかたなく引き受けた。 家内は猛反対で私の体のこと心配してくれている。しかし他に適当な人が見当たらないとのことで押し付けられてしまった。そこで引き受けの条件として、いまの私の自治協の仕事を他の人にやってもらうことで 折り合った。〔区長こんにとわ〕を会長にしてもらうことにした。もともと会長の仕事だったのだが、企画書を作ったことでいつの間にか私の仕事になってしまった経緯がある。何事にも積極的に取り組むことが 仕事を多くしている。今後は自治協の仕事は会長に振り向けることにする。 事務員・大隈さんから元帳・伝票・領収書を受け取り記帳に取り掛かる。亡くなった桑山さんは大変几帳面で立派に処理されていた。省略できるところがあるので、今後は関流で進めることにした。不動産ビルで培った会計経験を生かして誰にでも分かりやすい処理に変えることにした。大変だがガンバロー。
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説法 |
関家の菩提寺、専光寺に説法・講和を聞きに行った。昨日の午後1時半と7時半に二回で一回がやく2時間でした。講師は早良区の徳勝寺の住職で昭和27年生まれの方で大変話上手で心の糧を得たものです。何故、忙しいのに聴きに行ったか、それは物に世界〔お金〕と心の世界と比べたら後者が絶対不足していると考えたからでした。 植物と、動物の違いは、心があるか否かですが、では動物と人間の違いは何か、それは理性〔良心〕の有無です。どんな悪人・犯罪者でも、テレビでは顔を隠す、これは良心があるからなのです。万有引力はすべての物に重力の存在を見ることが出来る。このように善悪凡夫人、凡夫とは普通の人、すべての人に満遍なく良心が存在する。この世の中で、人は懸命に生きているがその良心に隣り合わせで仏法がある。親鸞の生き方の教えがある。あたかも万有引力のように、との説法でした。 分かりやすいように例を挙げてお話で理解出来た。忙殺の日々だが今からの生活に役立つと思う。何だかすっきりした気分になった。
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泥棒 |
中部法人会の役員会を16日実施した。今年の5月の法人会総会で組織の再編があの当地区は寺塚校区が分離され長丘・長住・西長住の三校区が 1支部になってから最初の役員会だった。長丘公民館で初めて行った。 公民館は目的外使用ということで使用料100円支払った。12名の参加で 支部長、義川支部長の就任挨拶についで宅話をお願いした。当初の予定では、司法書士先生から法務局が実施する権利証のIT化、つまり今までの権利証のシステムが廃止されて、権利証は符号化されて小さなカードになるのでその話だったが講師の都合で中止になった。 義川氏は不動産業で積極経営中だが、事務所に3会も泥棒の被害にあった。お金の被害はなく、パソコンをごっそり持っていかれた。社員の皆に一台づつ与えていたのがすべて再購入を余儀なくされた。つかまった泥棒に博多警察署へいって面会して何故うちに入ったかを聞いたら、セキュリテーが無いところを下見して狙ったとの返事が返ってきた。そこで5万円で月々の料金不要のセットを見つけてきて設置している。これがそうですと見本を見せてもらった。いい話だった。
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筑紫野レターメール |
筑紫野会、同窓会の返信ハガキに近況報告欄があり、これを名寄せして 新聞つくりに挑戦する。先ず構想を練ることにした。用紙は、縦書きか横書きか、表題は、写真の挿入はなど、例のノートに下書きをする。 思いつきだけではダメ、十分に検討する必要がある。そして3〜4回の 校正を計画した。A43枚横書き、表題は筑紫野レターメール、インターネットから封筒が歩いているカットをダウンロード、これで進めることにした。早速入力に着手、3段構成で一枚一枚入念に入力、友達の顔が浮かぶ、元気な者が少なく、病気勝ちが多い、中には車椅子の状態の悲鳴の便りもあって、気が重くなった。また、奥さんが重病で看護に明け暮れている手紙には気の毒だ。今、家内と二人で元気に過ごせる幸せを感じずにはいられない。一度に入力は無理だ。一枚の入力に一時間半は掛かる。そういえばこのブログでも40分くらい掛かるのでそんなもんだろう。忙しい合間、15分単位の計画の中に組み込んで進めることにした。 面倒なことも計画時間を立てれば大丈夫。ガンバロウ。
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超多忙、月の前半 |
今月も前半が過ぎた。振り返ってみると一言で言えば超多忙だった。桑山会長の通夜に始まり葬儀、長丘小学校の授業参観、長女、長男の誕生祝・公民館の30年記念式典・文化祭・高校同窓会の準備・区長こんにちわの開催準備会議・原三信病院通院・老人会のバスハイク・サンパレスでの舞踊出演・福新楼での筑紫野会同窓会、町内の役員組長会議・義士祭の世話人会・総務企画委員会準備‥‥。超多忙だった、よくも乗り切ったもんだと自分ながら思う、それに桑山会長の会計引継ぎ関係の打ち合わせが飛び込み、事務職員からは、ブッ倒れないようにと忠告される有様だ。他人から見ても繁忙が見えるのだろう。満足できる日々だったのでビールを飲む機会も多かったが、締めてみれば、5日と予定どうりの飲酒だ、これまた自己満足、自分に対してありがとう。これも大学ノートのお陰だ。やらねはならない項目を箇条書きにノートに書く、大体30くらいあり慎重に実施日を割り振り、それを基にその日の計画をたてる。また、文章などの下書きにノートをこまめに利用している。このノートをときどきめくってファイトの源泉にしている。体調良好。
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義士祭世話人会 |
毎年恒例の義士祭世話人会が昨日午後5時から興宗寺で開催された。 世話人30人ほど集まって、役員会で協議されたことの報告と承認の会議だった。質問、意見の時間になったが誰も手を上げなかったので私が 意見を言った。第一点は南区役所の地域支援課を通じて区役所内に ポスター掲示をしてみては、次に長住公民館に同じく掲示をお願いしてはどうですか、このお寺から比較的近くでありお参りに来ていただく 人は多いと思う。最後にiTの時代、ホームページを開いて若者に見ていただくことによる宣伝効果を上げましょうと提案、3件とも受け入れられた。何か新しい事に立ち向かう姿勢が必要だ。1701年、元禄時代の 討ち入りの追悼大祭なので古きを尊ぶのは致し方ないにしても、時代に合った対策をしなければ発展がおぼつかないと思う。ポスターも古臭い これを見た人が出かける気にはならないと思う。会議後の懇親会を早々に切り上げて、パソコンで義士祭のポスターを作った。時間が掛かったがカラーでリアルに出来た。明日、事務局に持ってゆく。
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未草 |
天神・アクロス、一階の写真個展を見に行った。親友の渡辺和雄氏が 長年掛かって撮影した未草の写真が並んでいる。天ヶ瀬の小さな池に自生する未草、、卵くらいの白い可憐な花が暗い背景に浮かびあがっている、実に綺麗だ。多年生の植物なので秋から冬にかけての水面に浮かぶ 紅葉の色が実に美しい。撮影の時期、構図、時間などが丁寧に書いてありより分かりやすい。紀宮さんのおめでたが真近だが、その新しい花が 未草だそうで会場にはたくさんの人が訪れ鑑賞していた。水面に金魚鉢 を浮かべ水面まで重石で下げてガラス面にレンズを密着させて、リリー スで撮影した写真は際立っていた。凧を思わせる水中の茎が糸のように なびいている、巧妙だ、奥にひとつのボケたはが浮かんでおり全体を引き立たせている。同じところの未草の写真を粘り強く通って撮ったものだと感心させられた。立派な写真家だ。渡辺さんおめでとう。
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同窓会 |
今日は福農筑紫野会の同窓会の日だ。12日午後2時に会場の福新楼に那珂川ブロック世話人が集まった。3月から準備を始めてからいよいよ本番、 踊りの荷物と記念品をぶら下げて4階の会場に着いた。受付の担当、名札係り、写真班など予定の配置で会場つくり、看板と式次第は福新楼で用意されていた。 同窓生の面々、予定の3時半に揃った、記念写真・物故者への黙祷と 清水氏の司会で進行、吉次氏のブロック代表あいさつに続いて谷氏の世話人代表の祝辞、藤氏の乾杯で宴会がスタートした。袴姿に着替えて 〔白雲の城〕を舞った、盛大な拍手をもらって会が盛り上がってきた。 那珂川世話人が交代で舞台に立ってカラオケ熱唱、東京から駆けつけてくれた重松氏のお謡は50年の重みのある発で一同シーン。2曲目は 人生劇場を踊った。2時間の宴会は素敵だった。 南ブロックへの引継ぎ、笹渕氏万歳三唱でエンド、鶴田氏のスナップ写真を撮っていただいたのは有難かった。27名と少ない人数だったが 成功だった。いろいろの苦労が実った。世話人有難う。
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天丼 |
昨日は踊りの稽古日だった。朝からの雨だっったが、福岡市の水甕がだんだん少なくなっていたのでいい雨だ。しかし車が多い、いつもは4時に家を出て、糟屋郡新宮町の稽古場に5時半頃着くのだが、雨なので30 2分早く出た。案の定車の渋滞でいつもの時間についた。 古典舞踊、〔郭八景〕を習っている、大変難しい曲だが、味わい深い曲で好きだ。でもなかなか難しい、花柳流の名取試験の課題曲にもなっている。三味線の音に合わせるのが大変で、練習を重ねる以外に習得は出来ない。いろいろ厳しい指導を毎回受けるが、家で毎日ケイコを続けている。なんとかマスターしたいと練習をビデオに収め、それを見てチェック、少しづつ前に進むようにしている。帰りのバスの中で今日の注意された内容を反芻する。天神で電車に乗り換えるが、ソラリアの6階にある、季の花で天丼を食べる。揚げたての野菜とエビが実に美味しい、 それに透き通ったお吸い物、味がとてもいい。踊り稽古の帰りはここが 定番になっている。値段が997円、満足だ。雨も気にならない帰路、明日の高校の同窓会が楽しみだ。
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祝舞 |
昨夜、博多区のサンパレスホテル、2階玄海の間で祝舞2曲を舞った。 西銀OB榎田氏からの要請で、釜山中学の同窓会、亀峰会での余興出演でした。 7月の長住まつりで武田節を踊ったのを見てお願いしたとの事でした。 全国から約40名ほどの集まりで特設舞台も立派だった。博多をアピール する曲ということだったので、詩吟・浪曲入りの〔黒田の武士〕と、氷川きよしの名曲〔白雲のしろ〕を選曲した。榎田氏がお礼を出すというので、真剣に練習を重ねた。衣装のチェックから、ビデオによる振りの修正まで入念に行った。三階の和室で着替えたが、紺の衣装に輝くはかまで黒田の武士、練習に時間をかけていたのでドキドキはなかった。槍と紅の杯で存分に舞った。大きな拍手を頂きうれしかった。白雲の城は、白の衣装に白黒の縦じまの袴で曲に乗ってのびのびと踊った。途中で拍手を何度もいただいて、最後は大きな拍手、有難かった。ネオンが輝く博多の町を軽快にハンドルを握って帰路についた。
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バスハイク |
第二長寿会主催の本年度バスハイクの応募者は32名でしたが、昨日の乗車は29名になりました。高齢者が多いので朝の8時45分集合を心配したが定刻9:00に出発できました。前原の雷山大悲院で樹齢400年の楓の見事な紅葉を揃って鑑賞、雄大な観音を拝み、心の字を表した庭園に感嘆、集合写真に納まりました。磯の屋で昼食、二階広間、展望パノラマでの刺身会席に舌鼓、藤本副会長のリードでうまく集団移動、二見ヶ浦で夫婦岩を観光、開校間もない九州大学、工学部の高層棟を見上げて、雄大さにビックリ。 浜地酒造で酒蔵見学、名ガイドの説明に一向ゾロゾロ、売店での買い物パワーはすごかった。田園の中に際立った伊都国歴史博物館は開館 1年とあってすばらしい展示に真剣に巡回、最後にフアームランドで 農産物の直販、新鮮で格安とあって、両手いっぱいのお買い物、改めて女性パワーに敬服。たのしかった、よかったの声の交換、天気にもめぐまれてハッピーなバスハイク、目出度くフイニッシュ。
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自治会長の仕事 |
昨夜、自治会長6人で〔区長こんにちわ〕を前に協議した。環境問題、男女共同参画社会、そして自治会長は忙しすぎるのテーマを掲げることにした。その中の自治会長は何故忙しいのかに議論か集中した。町づくり に、献身的に努力しているが、ボランティア精神で支えられている現状を行政は理解しているのだろうか。行政と地域が共働で町づくりしようとの理念で、自治協議会が発足して一年半だが、とても忙しい。一般の人から見たら魅力的に写らない。従って後継者がなく困っている。 私の場合も、町の規約からは任期は4年となっているがもう過ぎて6年も 努めている。二年前の選考委員会で、後継者がないとの理由で特例で任期の延長となったいきさつがある。住民あっての区役所なのだ、そこが 疲弊すれば、発展はおぼつかない。その発展に何時までも忙しい自治会長でいいのか、行政はどう考えるのか、いい機会なので十分話し合ってみたい。歴史に学ぶ・二宮金次郎の一生の本を思い出した。藩の農民が如何にすれば意欲を出してくれるかを問い、それを基に財政再建を実現 した金次郎の苦闘ぶりと手腕が詳細に描かれている。
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会議資料 |
11月13日〔日〕に2丁目1区役員・組長会議を予定している。自治会長に就任以来、情報の伝達の徹底を目標にしてきている。会議資料も事前に配布して、参加者に目を通してもらって、会議がスムーズにすすむようにするのと、理解を容易にと考えて実行している。又、回覧にして町民の皆さんにも会議の内容をお知らせすることにしている。部数は53部作成するがその内36部は回覧している。ビルには各階に一部つくりスピードをつけるように配慮している。作成に骨が折れるが、町民の皆さんに先ず町の動き、校区の動向を知らせることで関心を持ってもらうことが大切と頑張っている。家内はそんなに無理しなくてもと言ってくれるが自分が会議に出席する立場を考えると資料の前もって頂くことは大変有難いことなので、これを実行してきた。配布も各人宛の封筒に入れて 配っているが、封筒も回転使用として、回収して次回の配布に活用している。中にはなかなか返してもらえない人もいて、毎回4〜5枚は追加作成する。一度に4枚の封筒を持ってきた例もある。しかし情報の伝達の役立っていると我慢して、ガンバッて来た。
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芸能発表 |
いよいよ芸能発表の日がやってきた。前夜の雨も上がりくもり空を見上げて公民館急いだ。社会福祉協議会主催の独居老人食事会に自治会長として招待されたので参加した。芸能発表会会場の講堂で大勢の皆さんと かしわ飯におでんそれにぜんざいを美味しく頂いた。 二階の和室が楽屋、新調の着物を着た。鷲をあしらった模様で着こごちはいい、帯を締めて鏡を見ながら整えた。ついで顔と手の化粧をして出来上がり。天井のスピーカーカら演技の順番の声が聞こえる。 やがて9番のコールあり、お降りてゆく、詩吟がおわり出番が来た。 いつもはドキドキだが7月からの練習の甲斐あって動揺はない。 舞台で〔人生劇場〕を精一杯踊った。観客席から大きな声と拍手を頂いた。満足だ、練習を重ねて来て目標を達成した満足感いっぱいだ。 家に戻ってのビール味はとても美味しかった。
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長丘公民館30年を祝う会 |
長丘小学校体育館で、長丘公民館30年を祝う会があった。紅白の幕が周囲にはられ、整然としたテーブル、演台と生花、卓上の盛花、弁当と記念誌いり袋、お土産など綺麗に並べられて厳粛な雰囲気だ。 来賓に、山崎拓代議士本人が出席、祝辞があった。今年の選挙で地元を 重視する姿勢が顕著で国会の多忙の中での帰郷であった。 司会進行は公民館の吉田主事、祝宴の進行は松岡青育連会長で進められた。金屏風を背に祝舞、長丘太鼓の競演など実行委員会の趣向を凝らした演出は立派だった。 午後6時からは、天神、福新楼で筑紫野会同窓会の最終打ち合わせ会を 行った、メンバー7名、出席ハガキは27名だった。35名を目指してガンバッタのだが‥。3月からいろいろ準備を進めてきたが今日が最後の打ち合わせ、確認を含めて協議をした。食事をしながら、楽しいひと時、話が弾んだ、同級生は頼もしい。
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花の会写真展 |
住吉の富士フイルム会館で開催中の全国花の会主催〔花の会第26会写真展〕を見に行った。家内が出展しているので顔をだす意味もあった。 約500点、入り口の右側に福岡県の人の写真が展示してあり、ゆっくり 見ていった。家内のは〔野つつじ〕で背景の真っ青な空、立体感あふれるつつじ、見劣りはしなかった。指導者に執拗にまで喰らいついて向上 している姿には立派だといえる。それにしても上には上がある全国レベルは目を見張るものがたくさんある。先輩らしい三角さん〔男性〕が しきりに解説してくださり有難かった。月下美人の写真が目に止まった。我が家でたくさん撮ったがうまく出来なかったので、撮りかたを尋ねた。バックが真っ黒で月下美人が際立っている。後ろからと前から の二面ライトで照らしカメラのフラッシュ面にテッシュ二枚かぶせて撮影するとこんなになるとの説明を聞いてなるほど、いや、恐れ入りました。忙しかったが見てよかった。家内に感謝。
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誕生祝い |
末金真美・関 光雄の誕生パーティ、昨日午後5時から渡辺通りのホテル〔タカクラ〕で行った。カサブランカのルームは豪華で、テーブル・椅子・大きな額縁の画など立派だった。末金夫婦と孫ふたりの4人、礼子 夫婦とその孫二人、光雄と妻の11人で賑やかにスタートした。注文していた誕生ケーキ、真美・光雄が暗くなった中で一気に蝋燭の火を消して 拍手、乾杯‥ニコニコ顔で話の花が咲いている。我がフアミリー、仲良くこのように楽しいひと時、人生の幸せを感じる。3歳の荒木文登はヤンチャで走り回っている。礼子一家は勤め先の城南高校の福利厚生行事で 糸島郡志摩町で地引網に行っていたそうで、その話が聞けた。船二隻で 沖合いから網を張り、網につけたロープを岸まで引っ張ってきて、それをみんなでワッショイ、ワッショイ、はねる魚でいっぱい、岸辺で調理して輪になっていただいたそうです。真美たちは北海道旅行の土産話 、一日ドライブシテも紅葉が続く雄大さ、朝市の蟹店の賑わい楽しい話 、フランス料理のすばらしい味、ハッピーがこぼれそうなルーム。 みんな幸あれ。満足‥。
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葬儀 |
通夜につづいて昨日の葬儀に参列した。桑山さんとは自治協議会の仕事で一緒に苦労した思い出が大きい。規約つくりに区役所職員との激しいやりとりの末、桑山さんの意見が通り流石と感心した。公民館の講堂での協議会発足式で出席者の議決者の算定から予算の策定、説明と中心になって活躍していただいたことを思い出した。また、今年の運動会に代えて文化事業に今津人形芝居公演を役員会に提案したとき、一番に賛成していただき公演が決定されて10月16日公演を行った。杖をつきながら 役員会・常任委員会に出席して貴重な意見をいただき、その姿が胸に残っています。 読経のなか遺影を前に焼香、数珠を持ちてを合わせ冥福を祈った。 10月22日にガンセンターに見舞いに行って、声をかけて励ましたのが 最後になりました。さぞ無念だったでしょう。誠実だった人徳、参列者のれつが延々と続きました。12時出棺、一回で見送りましたが、霊柩車の悲しみをのせたクラクションあー、さようなら‥。
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通夜 |
1日午後6時、西長住の飛鳥会館で桑山伸一郎会長の通夜が厳かに始まった。個人の遺徳を偲び、二階の会場はお参りの人でいっぱいだった。導師は那珂川の専光寺の住職、関家の菩提寺で桑山家から依頼されて紹介し、快く引き受けていただいた、私にとってはお馴染みの読経である、張りのあるお経は会場全体が心に響く慈しみに浸る。会場の前面いっぱいの花壇の中心に桑山氏のにこやかな遺影がいまにも語りかけてきそうな面持ちである。右側に並ばれているご婦人をはじめ、遺族の方々の心中を察すると、胸が痛む。先月22日ガンセンターで見舞ったときは、苦しそうだったがこちらの問いかけに応じてくださりまだ大丈夫の印象を得ていただけに本当に残念だ。付き添っていた奥さんも、食は進まないが、栄養十分な点滴で大丈夫と先生がおっしゃっていると、信頼をしておられた姿が痛ましい。遺族でしか分からない悲しみ、お気の毒で慰めの言葉が出てこない。68歳の生涯、無念だっただろう、ただただご冥福を祈るのみ、悲しみの一日だった。
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桑山会長の急逝 |
長丘5丁目2区自治会長桑山伸一郎氏の急逝を村田会長から電話で受けた。10月22日見舞ったときも苦しそうだったがまさかこんなに早く鬼 にはと思いもしなかった‥。長丘自治協議会の発足の功労者である。 現職の自治会長の死去は聞いたことがない。残念無念だ。ご家族のご落胆を察すると胸が痛む。主だった人に電話をいれたがみんなこんなに早くと声を落としていた。自宅がマンションなので近くの飛鳥会館での 通夜の準備をされるそうで、浄土真宗の僧侶手配の依頼が村田会長を通じてあったので、関家のお寺、専光寺に電話して頼んだら気持ちよく応諾していただいた。夜8時から出向いていただいて、枕経を上げてもらうことになった。日ごろから懇意にしていたことが役にたった。 私と同じ前立腺ガンと闘い無念の結果となったのだが、ガンの発見とその対策が後手となったのではと思う。骨に転移したのが命とりになったのだ。私の場合、早期発見、ホルモン治療と免疫療法併用でよかったとつくづく思う。改めて人生とはを問う。
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